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松江地方裁判所益田支部 昭和50年(ワ)21号 判決

原告

品川豊

被告

広徳輸送有限会社

ほか一名

主文

被告広徳輸送有限会社は原告に対し金五二二万八、〇〇〇円を支払え。

被告間庭謙一は右金員の内金七二万二、〇〇〇円を、右被告会社と連帯して原告に支払え。

原告その余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は被告らの負担とする。(但し、被告らの負担の割合は右被告会社を九、被告間庭を一とする。)原告において、右被告会社に対し金五〇万円の担保を供するときは、同会社に対し主文第一項につき仮に執行することができる。

事実

(当事者の求める裁判)

原告

「被告広徳輸送有限会社(以下、被告会社という)は金六一二万八、〇〇〇円を、同間庭は右金員の内金三〇六万四、〇〇〇円につき被告会社と連帯して、それぞれ原告に支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言

被告両名

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決

被告会社

敗訴の場合、担保を条件とする仮執行免脱の宣言

(当事者の主張、答弁等)

原告(請求原因)

一  昭和五〇年二月一三日(以下、昭和の年号を省略する)午前二時頃、被告会社の雇人原 国芳(以下、原運転手という)はその業務上運転する被告会社所有の鮮魚用保冷車(以下、被告車という)を原告の所有しかつ居住する肩書地所在木造瓦葺一部二階建居宅(母屋)及びこれに続く納屋建坪九九・四〇平方メートル(以下、前者を原告家屋(母屋)、後者を納屋といい、両者を合せて単に原告家屋という)の南西部附近に面する部分に突入させ、右家屋を破壊した。

二  右事件は、被告間庭の所有し飼育している四歳の雌牛一頭(以下、本件牛或は混乱を生じないときは単に牛ともいう)が当時発情期にあり、異状な行動が予想されるのに、同被告の飼育管理が不充分であつたため、その頃同被告の占有管理を離れ、原告家屋附近の国道九号線上を徘徊していたところ、被告車の原運転手は、同所は島根県公安委員会により速度を毎時五〇キロメートルに制限されているのに時速七五キロメートルで疾走し、かつ前方不注視とこれに伴う安全運転の不遵守により本件牛の発見が遅れ、これを約二一メートル手前で発見し避けようとしたが及ばず、本件牛に衝突し、同牛を約一〇三メートル引きずつて走り、右衝突地点から約一二四メートルのところにある原告家屋に被告車を突入させたものである。

従つて、本件事故は牛の占有者たる被告間庭と原運転手との共同不法行為に因つて惹起されたものであるが、その過失の割合は、被告間庭の過失は原運転手のそれの二分の一と評価される。

三  本件事故に因り原告の蒙つた損害

(1)  七一一万一、〇〇〇円 原告家屋損壊によるもの(千円未満切捨)本件事故により原告家屋(母屋)及び納屋の相当部分が損壊されたが、具体的には屋根の破損約三三平方メートル、柱の折損一二本、その部分の床、建具等一切の破損及び原告家屋(母屋)全体の傾斜等であり、この修理には三〇日の日数と七一一万一、四五〇円の経費を要するが、原告は応急かつ軽度の補修で間に合わせている実情である。

(2)  四万三、一六五円 五〇年春季養蚕中止による逸失利益

但し、四九年の標準により算定

(3)  四万四、〇〇〇円 原告の妻幸子が日雇不能となつたことによる逸失利益 一日二、二〇〇円として二〇日分

(4)  六万円 被告車を取除くに当り、家屋の柱等を一時補強し、壊滅を除ぎ、かつ応急的に外部との区切り(遮蔽)をするに要した費用

(5)  七、〇〇〇円 仮住宅利用のための電気工事費

(6)  五、〇〇〇円 同電話工事費(復旧費を含む)

(7)  二、三二〇円 同有線放送電話つけかえ費

(8)  三五万六、〇〇〇円 諸道具、物品等損壊によるもの

内訳

(イ) 五万円 カーテン一式・四間半分

(ロ) 三万円 掛軸一本

(ハ) 三万円 掛軸書架一組

(ニ) 一万円 床置物

(ホ) 六、〇〇〇円 花器一組

(ヘ) 三万円 下駄箱一式

(ト) 八万円 応接セツト一組(原価の半額)

(チ) 一万円 火鉢二箇

(リ) 一万円 テーブル一箇

(ヌ) 五万円 毛糸編機一台

(ル) 五万円 植木鉢、盆栽等約一六点

(9)  五〇万円 慰謝料

以上合計八一二万八、〇〇〇円(千円未満切捨)

四  右損害に対し、被告会社は昭和五〇年四月二三日保険会社を通じ二〇〇万円を支払つたのみであるから、結局、原告が蒙つた損害は残金六一二万八、〇〇〇円となる。

五  そしてこの損害は、前記の如く原運転手と被告間庭の共同不法行為に因つて生じたものであり、その過失割合は被告間庭の過失が原運転手の二分の一であつて、かつ被告会社は、原運転手が同会社の事業の執行につき第三者(原告)に与えた損害に対し使用者責任を負担するものであるから、原告は被告会社に対しては、前記全損害六一二万八、〇〇〇円の支払いを請求するが、うち半額の三〇六万四、〇〇〇円については、相被告間庭と連帯して、原告に支払いを求めるものである。

(答弁及び抗弁)

被告会社

一  請求原因第一項のうち、原告家屋の構造及び床面積は不知。

二  同第二項のうち、被告会社の運転手原 国芳に過失があつたこと、及び本件事故に関する同人と被告間庭の過失割合は、何れも否認し、その余は認める。

三  同第四項のうち、被告会社が保険金より二〇〇万円支払つたことのみ認め、その余は否認する。

被告間庭

一  請求原因第一項は不知。

二  同第二項中、原告主張の地点を、被告間庭占有の牛が徘徊していたこと及び、被告車を原運転手が運転中、前記牛を轢殺したことは認めるが、原告家屋に被告車が飛び込んだこと等は不知、被告会社との共同不法行為の成立は否認する。

三  被告間庭は本件牛の管理につき相当な注意をもつてしていたから、責任はない。

即ち、牛は、通常性質が温順で動作も緩慢であるが、本件牛もその通りであり、同被告は牛舎も堅固に作り、その出入口には木製扉を備え、牛舎の柱に穴をうがち、扉に固着したかんぬきを斜めに上下して、右柱の穴に通して閉塞し、かんぬきの上方に更に釘を備え、かんぬきの動きを固定する構造になつており、従つて、民法七一八条但書に言う相当な注意を以て牛を保管したものである。同被告は父の代から通算四〇年間、同被告自身は二五年間牛を飼育し、未だ一度も牛が牛舎外に逃げ出したことはないし、また同被告附近の他の農家の牛の飼育も殆んど同様である。よつて、被告間庭には責任がない。

四  たとえ、被告間庭の管理方法に過失があつたとしても同過失と本件事故との間には相当因果関係がない。即ち、被告車が本件牛と衝突した地点から原告家屋までの距離は約一二四・五メートル、右衝突地点から牛の死体のあつた地点までの距離は約一〇三メートルであり、被告車は重量が三〇〇キログラムもある本件牛を一〇〇メートル余りも引きずりながら暴走し、さらにその余勢で原告家屋に突入しているのであつて、本件事故は原運転手の一方的過失に因つて生じたものであり、通常の運転方法さえ取つておれば本件の如き事故は確実に避けえたものと考えられるからである。現に五一年六月頃の夜間、国道九号線上に誰かの牛が徘徊中、たまたま通りかかつた自動車運転手がそれを発見して事なきを得たこともあり、たとえ被告間庭の管理に過失があつたとしても、この過失と本件事故の間には相当因果関係を欠くと言わねばならない。〔証拠関係略〕

理由

一  本件事故の発生及び原運転手の過失

被告会社の雇用する原運転手が原告主張のころ、原告家屋近くの国道九号線上を被告車を運転走行中、被告間庭所有の本件牛と衝突し、その後、被告車を原告家屋(構造、面積等はともかく)に突入させ、これを損壊したこと(本件事故)は、被告会社の自認するところであり、本件事故の発生を一部争つている被告間庭との関係においても、同事故の発生自体は、成立につき争いのない甲第一号証ないし第八号証及び第一〇号証によつて明らかである。

そこで、本件事故の原因のうち、原運転手の過失について考えると、前記甲各号証、被告会社代表者谷口昭徳本人尋問の結果(但し、後記認定に反する部分を除く)及びそれによつて真正に成立したものと認められる甲第一一号証を総合すれば次の如く認定、判断される。

即ち、原運転手は、被告会社の業務執行のため約二・五トンの魚を積載した被告車を運転し、島根県公安委員会の告示により速度を毎時五〇キロメートルに制限されている前記国道上を山口方面から益田方面に向い、時速約七五キロメートルで疾走中、約二一メートル前方に本件牛を発見しこれを避けようとしたが及ばず、同牛と衝突し、体重約三〇〇キログラムの同牛を引きずりながら約一〇三メートル暴走して同牛と離れ、更に二一メートル余り走つて原告家屋(母屋)八畳の間中央附近に突入させたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、原運転手が本件牛の発見が遅れたのは、同人の司法警察員に対する供述調書(甲第八号証)によれば、この衝突地点附近は路上照明がなく暗い場所であつたこと及び、本件牛と衝突する直前に対向車があり、前照燈を下向にし減光していたためであると言うが、もし右減光の点が事実であつたとすれば、そのような場合益々速度を落し、一層慎重に運転すべきであり、しかも対向車とすれ違う少し前に同車が急にセンターライン寄りに出たと言うのであるから、いよいよもつて何らかの異変を予想し、減速するなどの行動をとるべきであつたと考えられるのに、漫然同一速度で疾走したと認められるのであるから、右減光の点は同人の責任を軽減するものとは認められず、速度及び前方注視義務を厳重に守つていたとすれば、本件牛との衝突地点の道路は直線状で見通しは良いのであるから、遙かに前方において牛を発見し事故を未然に防止しえたであろうと認められるのである。

なお、本件事故当時、牛が緩慢に歩いていたか、或は相当な速度で走つていたかについてはこれを確知すべき証拠はないが(但し、甲第八号証によればパツと本件牛が走つて道路を横断するのが見えたとなつているが、同人はまさか牛が居るなどとは予想しなかつたであろうから、牛が同人の視野に現れたのが唐突であつたことは事実であろうが、牛が走つていたか否かについてまで、とつさの間に正しく認識しえたか否かは相当疑問がある)、たとえ相当な速度で走つていたとし、従つて、発見が遅れたことがある程度止むを得なかつたとしても、体重三〇〇キログラムもの牛を引きずりながら一〇〇メートル余り走つてまだ停車できず、更に二〇メートル余り走行して原告家屋(母屋)に飛込んでいるのは、第一に前記認定の如く速度の出し過ぎが原因と考えられるが、更に、被告車にブレーキ系統の故障がなく、走行中ブレーキが効かなくなつたことは考えられないとされている(甲第四号証)にも拘らず、甲第二号証添付図面によれば、少くとも衝突地点から四〇メートル余り進んだ箇所から約一六メートルの間にわたりスリツプ痕が全く見当らないこと、及び原運転手が停車措置について極めてあいまいな供述をしていること等から考えて、牛との衝突後同人が狼狽の余り、充分な停車措置を講じなかつたためと認めざるを得ず、何れにしろ原運転手の過失及びこの過失に因つて本件事故が生じていることは極めて明白であつて、かつ、前記の如く同人の運転は被告会社の事業の執行のために為されたものであるから、被告会社は使用者責任を免れることはできない。

二  被告間庭の本件牛の保管についての過失及び該過失と本件事故との因果関係(寄与度)

成立につき争いのない甲第五、第六号証、証人村上清三、同舛山久巳の各証言、並びに原告及び被告間庭各本人尋問の結果(但し、同被告の供述については一部)によれば次の如く認定、判断される。

即ち、本件牛は被告間庭の所有する四、五歳の雌の和牛であり、本件事故前夜或は事故当日、同被告の牛舎(国道九号線の南約四〇〇メートルの地点に在る)から逃出したものであるが、この牛舎の出入口には高さ一二五、幅九〇の片開きの木製の戸があり、この戸を閉鎖する方法は、長さ約三〇のかんぬき(このかんぬきの位置〔高さ〕は地上から約七五位である)のほぞが斜め右下に移動して牛舎の柱にうがつた穴に嵌り、また該かんぬき自体は針を穴にさして前記戸に固定する構造になつているが、右かんぬきのほぞが入る穴の深さは僅か約二・三、または右針の長さは約四・〇であるが、そのうち穴に入る深さは約〇・五(以上の単位は何れもセンチメートル)であつて、少し乱暴に揺り動かせば針が脱落し、かんぬきも斜め上方に動いて戸が開く可能性が充分あり、また、牛舎内部で本件牛を綱でつないでいなかつたのであり、しかも同牛は平素は格別暴れることはなかつたが、たまたま本件事故前夜から発情し、長時間大声でなき、あちこち歩き廻り、或は前足をかんぬきに掛けて立上ろうとするなど相当異常な行動をしていたのであつて、然も、最後に同被告が見廻つた時も牛舎の中を歩き廻つていたというのであるから(但し、甲第六号証四項では、その時牛は寝ておとなしくしていたというが、たとえそうだとしても後記判断は変らない)、同被告は本件牛が牛舎から遁走して車両と衝突し、通行人を死傷させ、或は農作物を踏み荒らす等何らかの損害を生ぜしめる事態を予見し、牛を綱でつなぐなど厳重な措置を講ずべきであつたと言うべきであつて、たとえ同被告が過去何十年も右程度の設備の牛舎で牛を飼育しながら牛が逃出したことがなく、また、同被告周辺の牛の飼育者らの牛舎の設備ないし飼育方法も略同程度のものであるとしても、牛の遁走事故自体は本件のほかにもたまには生じており、同じ集落(横田町)に住む同被告もそれを知つていたものと推定するのが合理的であるから、結局、前記程度の保管をもつてしては、被告間庭において、動物の種類、性質に応じ相当な保管をしなかつた過失があつたものと認めざるを得ないのであつて、右認定に反する証人石川清司の証言及び被告間庭の供述部分は採用し難い。

然し、前記認定の如く、被告車は牛と衝突してから約一〇三メートルも牛を引きずつて暴走し、更に二〇メートル余り進んで原告家屋(母屋)に突入していることから考えると、本件事故の原因は大部分原運転手の運転上の過失にあり、被告間庭の前記過失の本件事故に対する寄与度は著しく低いと言わざるを得ないが、先にも述べた通り、同被告としては本来、本件牛が遁走し、或は人を死傷させ、或は物を損壊する等の事態の生ずべき相当な可能性があることを予見すべきであつたと認められる以上、現実に生じた事故としてはやや異常な経過をたどつたとは言え、牛の保管上の過失が本件事故の単なる前提条件として、例えば(一般に)マツチが放火に悪用された場合の、マツチ製造業者に対する如く、全く責任がないとは認め難く、結局、同被告の本件事故への寄与度は一割と認めるのが相当であると解せられる。

三  被告らの賠償責任の範囲

以上認定の如く、本件事故は被告らの共同不法行為によつて、発生したものであつて、一般に共同不法行為者に対しては、本来、各加害者の当該事故への寄与度の如何に拘らず、各自に対し全損害の支払いを請求しうるのが原則であつて、あとは加害者相互間の内部的な求償によつて各自の寄与度に応じ清算、処理すべきであるが、加害者のうちその寄与度が著しく低い者がいる場合には、衡平の見地から(即ち、寄与度が低いが支払能力があるため全額請求かつ執行され、寄与度が高いが支払能力のない者に対する求償権の行使が不能に終る場合があること等の不合理を避けるため)、例外的に、その者に対しては寄与度に応じた額のみの賠償を求めうるに過ぎないと解せられるところ、前記認定の如く、被告間庭の寄与度は著しく低く、一割と認められるのであるから、結局、被告会社は全損害の賠償義務を負い、その内一割については被告らが連帯して賠償義務を負うことになる。

四  損害額の認定

(一)  原告家屋の復旧費(応急工事費を除く) (六四四万二、二四四円)

証人尾崎勝美(第一、二回とも)の証言、同証言によつて同人の作成にかかる見積書であると認められる甲第一二号証の一及び二、成立につき争いのない甲第九号証の一及び二、証人藤本郁三の証言、同証言によつて同人の作成にかかる鑑定書と認められる乙第一号証、成立につき争いのない甲第三号証、同第七号証、証人品川幸子、同永見浩の各証言並びに原告本人尋問の結果を総合して考察すると次の如く認定、判断される。

まず甲第九号証の一、二と同第一二号証の一、二との関係は、後者が出来るだけ古い材料を活用して原告家屋を修理した場合の見積額であり、前者は古い材料を使用しない場合の見積額であつて、原告は廉価な後者の見積額を根拠に損害を算定していること、甲第一二号証の一、二の見積りと乙第一号証の見積りの差が生ずる根本的な理由は、前者が全面的に解体のうえ修理復元するとの前提に立つているのに対し、後者は必要な範囲において解体、補修する前提に立つていること、並びに、後者には納屋の修理費が含まれていないこと(甲第一二号証の二第七枚目「作業場補修工事 四五万円」)にあると認められるところ、木造瓦葺二階建面積一階部分九九・六、二階部分三四・〇平方メートルの原告家屋(母屋)の柱は九本(このうち一、二階を通ずるいわゆる「通し柱」は少くとも二本)が折損し、八本に亀裂を生じ柱としての機能を果せない状態となり、また軒桁、床板、壁、屋根等も損壊され、階下八畳の間を主とし、床の間、縁側、玄関、洋間、二階表六畳の間にわたり(面積にして同母屋の約八割)、相当な破壊を受け、同家屋(母屋)及び同母屋と同一横木で連結されている二階建面積上下とも約四〇・五平方メートルの納屋が傾斜したと認められるのであつて、木造家屋がこの程度破壊され傾斜した場合には、たとえ部分的には一見無疵の如くではあつても、家屋全体にわたり無数の微妙な歪み、撓み等を生じるものと推定されるから、基本的には全面的に解体のうえ修理しなければ完全な原状回復は困難であると考えられるのであつて(被告会社代表者谷口の供述中の、本件事故直後階下四畳半の間の障子の開閉には支障がなかつた旨の供述〔二二項〕その他、右認定に反する供述部分は短時間の観察によるものであつて、証人品川幸子の証言〔三六項〕、原告本人の供述〔四三、四四項〕等に照らしにわかに採用し難い)、原則として甲第一二号証の一、二の見積りの基礎となつた考え方を良しとせざるを得ない。

しかし、原告家屋の建設されたのは三六年頃であり(藤本証言、三五項)、建直しによる評価益を控除して復旧費を見積るべきものと考えられるところ、証人尾崎の証言(第一回)ではこれを一応考慮したと言うが、甲第一二号証の一、二によれば、どのようにこれを考慮したのか明確でないので、結果たる数値に多少問題があると認められないでもないのに対し、乙第一号証及びその作成者たる藤本の証言では右控除の点は明確であり、また、右藤本は二五年間にわたり火災保険鑑定人の職にあり、年間一〇〇件余の鑑定をしている者であり(なお甲第一二号証の一、二の作成者尾崎は二級建築士で四〇年五月から建築業に従事している者である)、かつ、被告車の対物保険金は二〇〇万円であるのに、本件の場合明らかに二〇〇万円を超過する損害であるから、特に原告に不利な鑑定をする必要もないと考えられることから、乙第一号証も相当な信頼性を否定し難いと認められる。(なお本訴前、調停が申立てられ、その過程で原告において被告会社側の見積額五二〇万円を一応承認し、調停が成立しかけた事実があると認められるが〔被告会社代表者谷口及び原告の供述〕、調停中のことであるから、該事実を余り重視することはできないと考える)

また一方、この種の見積りには相当な経験を有する者の間においても二割位の幅が生ずることは殆んど顕著な事実であるから(藤本証言もこれを承認していると認められる〔五四項〕)、甲第一二号証の一、二による見積額である七一一万一、四五〇円から、家屋修理費に含めるのは不相当と考えられるじゆうたんの代金七万八、〇〇〇円を控除した七〇三万三、四五〇円と、乙第一号証による見積額である五二〇万円に納屋の修理費を乙第一号証の算定基準によつて修正して得られた額を加算した額()五五五万五、四三六円(円未満切捨、以下も同様とする)は略二割程度の幅の範囲内にあると言つてよいので、両者は何れも見解の相違によつて生じたそれ自体としては一応ほぼ正当な数値と認められ、結論的にはこの両者のどこか中間の値をもつて相当な見積額とすべきところ、以上認定の諸事情を考慮すれば、甲第一二号証の一、二の見積額(但し、前記の如く一部控除したもの)をやや重視し、これを乙第一号証(但し、前記の如く修正したもの)の見積額に対し六対四の割合で加重した平均値{(7,033,450×6+5,555,436×4)÷10=}六四四万二、二四四円(円未満切捨)をもつて原告家屋損壊による損害と認める。

(二)  逸失利益(養蚕) (二万一、五八二円)

証人石川勘之輔の証言、該証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一五号証、証人品川幸子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故前から養蚕により収入を得ていた者であるが、本件事故により養蚕室として使用していた納屋の居住することとなつたため、養蚕をなすことができなかつたが、同事故がなければ、五〇年度も引続き養蚕をなし、前年度と同程度の収入が得られたものと推定され、また四九年度には四万三、一六五円の収入があつたと認められるところ、これに要する桑の葉等の必要経費(但し、種代金その他一部の経費は控除ずみ)については確証がないので、控え目に見積つてその半額をもつて純収入と認め、従つて、養蚕を為しえなかつたことによる損害は二万一、五八二円となる。

(三)  同(原告の妻の分) (棄却)

原告の妻幸子が本件事故により日雇労務に就くことができなかつたことによる逸失利益については、証人品川幸子、同松田里盛の各証言、松田証言により真成に成立したものと認められる甲第一四号証により、原告主張の通り認定できるけれども、妻の逸失利益を夫である原告が当然には自己の物的損害として請求しえないことは明らかであるから、特に原告に請求権が帰属する旨の主張、立証のない本件においては、この部分の請求は失当である。(但し、原告も右により間接の損害を受けたことは明らかであるから、この点は慰謝料の額について斟酌することとする。)

(四)  応急工事費 (六万円)

証人尾崎勝美の証言(第二回)、原告本人尋問の結果及びそれによつて真正に成立したものと認められる甲第一六号証によつて考えると、原告家屋(母屋)から被告車を引出せば、同家屋が倒壊する危険があつたのでその予防のため支柱を立て、さらにベニヤ板を張るなどの応急工事を本件事故直後に尾崎に請負わせ、原告は尾崎に五〇年六月一四日、同代金六万円(そのうち、右倒壊防止工事代金は七割)を支払つていることが認められるが、藤本証言は右費用相当分は乙第一号証の見積りに含まれていると言うので(四四、四五項)、この点について考えると、藤本が同年二月一七日に事故現場に赴いて損害の鑑定をしたときには既に被告車は撤去されていたが、支柱が立つていたか否か記憶にないと述べているので(四三、四四項)、同人が明確に意識して右家屋倒壊防止のための費用をも乙第一号証に含めて算定したか否か極めて疑わしく、さらにベニヤ板を張つた工事代金部分についても、これは応急工事であるから後になさるべき本格的修理に当つて、通常応急工事部分を取除き、改めて完全に修理することになるので、二回同一箇所に同種の工事が施行されても応急工事の性格上止むを得ないことであつて、二重の請求をしていることはならないと考えられるので、右六万円は全額につき本件事故による損害になると解せられる。(なお、六万円が正当な額か否かについては、尾崎証言(第二回)及び、原告本人の供述によれば、右応急工事費は被告会社が負担する旨の約定ができていたのに、同会社が支払わないため、本来請負人尾崎としては九万円を請求しうるところ、右事情に鑑み、実費程度の六万円に減額したものと認められるので、正当な額と認められる。)

(五)  電気工事、電話工事及び有線放送電話工事費 (一万四、三二〇円)

原告本人尋問の結果、及びそれによつて何れも真正に成立したものと認められる甲第一三及び第一七号証によれば、原告は本件事故のため五〇年四月三日電気工事代金として七、〇〇〇円を中国電気工事株式会社益田営業所に支払つていること、その頃電話の納屋への移転、母屋への再移転等の工事代金として五、〇〇〇円を電々公社に支払つていること、及び、有線放送電話の移転等工事費として同年一〇月二三日益田市共栄農業協同組合に二、三二〇円を支払つていることがそれぞれ認められるので、以上合計一万四、三二〇円の請求は正当と認められる。

(六)  諸道具、物品の損壊によるもの (九万一〇〇円)

証人品川幸子の証言及び原告本人尋問の結果により、以下の諸道具、物品が本件事故により損壊され、或は修理を要することとなつたことが認められるが、その事故当時の価格については控え目に両証拠のうちの最低値(同一人の供述についても同じ)をもつて、その価格と認めた。

(イ)  カーテン 二、〇〇〇円

右カーテンは四、五年前四、〇〇〇円ないし五、〇〇〇円で材料を購入し、原告の妻がこれを加工して作製したものであるから(加工賃は立証がないので考慮せず)耐用年数を一〇年とし、四、〇〇〇円の半額の二、〇〇〇円をもつて損害と認めた。

(ロ)  掛軸一本 一万円

(ハ)  額 一万五、〇〇〇円

原告が掛軸書架一組として請求しているのは、その誤解によるものであつて、損傷を受けたのは右「額」であると認められる。

(ニ)  床の間の置物(ほていの焼物) 五、〇〇〇円

(ホ)  花器 二、〇〇〇円

(ヘ)  下駄箱 一万円

一〇年前位購入したものであつて、新品の買替価格を二万円と認め、耐用年数を二〇年とし、その半額を損害と認めた。

(ト)  応接セツト一組 一万円

但し、補修費

(チ)  火鉢二箇 一万円

(リ)  テーブル一箇 一、六〇〇円

本件事故の五~六年前購入したもので、新品の買替価格は四、〇〇〇円ないし五、〇〇〇円と認められるので、耐用年数を一〇年とし、四、〇〇〇円の十分の四をもつて損害と認めた。

(ヌ)  毛糸編機一台 四、五〇〇円

但し、本件事故により右機械が埃をかぶり使用不能となつたために修理に要した費用である。

(ル)  植木鉢、盆栽等約一〇点 二万円

なお、じゆうたんも本件事故により破損したものと認められ(これについては原告は物品損壊によるものとして請求しておらず、前記の如く家屋損壊によるものの中に含めている〔甲第一二号証の二の末尾より二枚目〕)、その価格は同号証によれば七万八、〇〇〇円とされているが、この取得年月等も不明であるので、物的損害としては考慮しないこととする。

以上(イ)ないし(ル)の各損害合計九万一〇〇円は本件事故により原告の蒙つた損害(道具類に関する)と認められ、これを超える部分は失当である。

(七)  慰謝料 (六〇万円)

前記認定の如く、原告は全く自己の過失なく、深夜被告車に突入されてその家屋を大規模に損壊され、妻と共に住み慣れた家屋を離れて、応急修理がすむまで約三、四か月間も納屋暮しを余儀なくされたのであつて、その間の心労や生活上の不便、不自由さは甚大なものであつたと考えられるうえ、立証の関係もあつて、損害の見積りは控え目にせざるを得なかつたこと、更には前記認定の如く原告の妻が日雇労働によつて得べかりし利益四万円余りを失つたこと等の諸事情を考慮すれば、その慰謝料として六〇万円を請求しうると認められる。

五  結論

前記四の(三)を除く(一)ないし(七)に認定した各損害合計七二二万八、二四六円が本件事故により原告の蒙つた損害であると認められるところ、前記三で述べた理由により、右全額(但し千円未満は原告において放棄する趣旨であると認められるので七二二万八、〇〇〇円、〔以下同じ〕)を被告会社が、そのうち一割に当る七二万二、〇〇〇円を被告らが連帯して、それぞれ原告に支払うべき義務があるが、被告会社はすでに内金二〇〇万円を支払つているので同被告の支払額は五二二万八、〇〇〇円となる。よつて、原告の本訴請求を右範囲において認容し、これを超過する部分は失当として棄却し、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条但書、九三条一項但書を、仮執行につき同法一九六条を、各適用し(被告間庭に対する仮執行の宣言、及び被告会社に対する仮執行免脱の宣言は、不相当と認めこれを許さず)、主文のとおり判決する。

(裁判官 古田時博)

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